2010-09-30

言葉の一人歩き。やめましょう。

最近は、週に3~4日ほど解剖を、
そのほかは、発生学、医療統計学など勉強している日々です。

さて、昨日、こんなカードが配られていました。
休憩後に、席に戻ったらあったので、たぶん学務係からのものでしょう。





個人的な考えですが、
これを配られてもこの目標に到達すること、まずないでしょう。
なので、やめましょう。
紙の無駄です。
よく街角で見かける、
覚せい剤、振り込め詐欺禁止、等のポスターがまったく役に立たないのと同様です。

日本には、言葉だけ立派に並べ、中身の伴わない実体が多い気がします。

顕著なのは、
政治家のマニフェスト、
学校教育の理念、でしょう。

どちらも世界からは三流と呼ばれている領域ですね。
そして世間からの期待値も低いでしょう。

政治家はさておき、この紙よりも、講義に来る先生が、
医者になってよかった的な話を講義の合間に3分。
こちらのほうが、効果は確実にあると思います。

2010-09-25

まじめを考察。

「まじめ」って言葉、何気に避けたいと思ってしまう今日このごろ。
でも、どんな人にも自分の中にまじめな部分ってあるはずです。


あいつ、まじめだよ。

皆さんあまり言われたくないのでは?

コツコツ努力。
なにか古臭い。

ここぞ、というときに結果を出す人がもてはやされる。
僕の周りで言えば、
学生時代遊んでいたが、就職は一流と呼ばれるところへ。
そんな人、います。

だけれど、彼らをみても、そして自分を振り返っても、

何かしらの結果出すまでのある一定期間、

目の前の課題、やるべきことに、まじめに、そして真摯に向き合っています。

ただ、あまりにも遊んでいた、手を抜いていた期間に、
話がフォーカスされすぎます。
これは、マスコミのせいでしょう。おそらく。

もちろん、自分のできる最大限のことをせずに、
結果を手に入れる人もいます。
でも、それは数値化したら非常に小さいと思っています。


まじめに何かに取り組むこと。

こういうスタンス、
何かをなしとげたい、手に入れたい、と思うならば、
いつでも引き出せるように自分の中で、
温めておきたいものです。

僕の友人が、以前、おもしろいことをいっていました。

「真面目に不真面目に。俺はこうでありたい。」
彼はいつも人生enjoyしてますね!

2010-09-20

優柔決断。

優柔不断を文字って、

「優柔決断」。

気に入りました。
今月の一言って感じです。

これは古田敦也氏の著書のタイトル。

「優柔決断」のすすめ

からです。
中身は全く読んでいないのですが、
タイトル、いいですね。本屋で目に留まりました。

本人が考えたのか、編集者と本人で話し合っているうちに出てきたのか、
そんなことわかりませんが、クリエイティブさでてますね。

優柔不断。
これは、普段あまりイメージはよくない言葉でしょう。
どっちつかずで、他力本願というか。

このマイナスなイメージを持つ言葉だからこそ、

よりプラスなイメージが際立つのでしょう。

こういう機転の良さ、
本当にすばらしいですね。

2010-09-17

点数で動機付け。

残念です。
どうやら、まだ成績によってしか動機付けをできない教員が多いようです。


一昨日から、後期が始まりました。
後期のメインはやはり解剖。
この一週間はすべて、解剖。解剖。解剖。

ご遺体に対する敬意。
最後まで持ち続けたいものです。

さて、そんな解剖学の授業で残念なことが。

解剖の授業では、毎日どこを見るか、決まっています。
みるべきところが終われば終了。

で、そんななかで、
先生が一言。
「一番はやくできたところには、点数をあげます。」と。

この学部、けっこうこういう感じで、
動機付けすること多い気がします。

確かに、先生が一言いったとき、
全体的に解剖にもすこし慣れ、集中力が切れ、
だれていた雰囲気はあったと思います。

だけど、なんか、残念。
点数のために勉強しているみたい。

一番のグループには、
理解したところをプレゼンテーションする権利がある。
こういう感じの方が僕はやる気がでるなー。

2010-09-15

政治と自省。

無事、中国から帰国しました。
向こうではなぜか、bloggerが使えず、更新できない日が続いてしまいました。

さて、民主党代表戦。
やはり、イメージはイメージでしかないこと。
イメージは、時に誤った判断へと導いてしまうこと。

痛感させられました。

今日の朝、下の記事を読んだからです。
池田信夫さんのblogからです。

政治家を、マスメディアが作ったイメージで選んじゃいけませんね。

政策と能力。これです。

大事なのは、クオリティーです。

僕は、小沢さんが、「政治とカネ」問題の渦中にいるだけで、
首相にはふさわしくないと思っていました。
しかし、彼に、日本を良くする実力を菅さんよりも持っていたとしたら?

当然、彼を選ぶべきです。

彼が実力を持っているかどうかまったく考えなかった自分に、
嫌気がさしてしまいます。

もちろん、カネの問題で騒がれることは良くないことですが、
代表戦という「場」では、そこよりも実力を見極めることのほうが、
大切だと思います。

先日、僕の友人が、
「菅さんより小沢さんのがいいこといっているよ。」
と。

僕は「そうなの?」とさらりと流してしまいましたが、

今では、その友人は首相を「選ぶ目」を備えていたような気がします。

今日は、自省の一日でした。

2010-09-04

ハッピースレイブ。

最近、英語は支配語である、という記事をよく見かける気がします。
気のせいかな?

昨日(9月3日付け朝刊)の朝日新聞にも、
そのような記事が半ページ使って掲載されていました。
僕は、そうは思わないので、
そういう見方もありますね、ぐらいな感じなのですが、

昨日の新聞の論者は、
そういった意識すらない日本の現状が恐ろしい、と。

つまり、支配されているのに支配されていると思わない。

幸せな奴隷=happy slave
カタカナ英語でハッピースレイブ。

確かに、日本人はこういった傾向強いかも。
テレビで報道される内容を、
あたかも自分の意見のように言う人が多い。

テレビに洗脳されているのに気付かない。

洗脳された人が多くなることで、
社会の歯車がよからぬ方向に進んでしまう。

いろんなところでこういったことはありそうな気がする。

例えば、政治。
テレビがピックアップしてくれたところに関する、
意見の違いだけをもとに、その政治家を判断してしまう。

もうすこし情報を手に入れる手段が、
テレビばかりでなく多様になればと思います。


明日から中国旅行に行ってきます。
前日からとってもハッピーです。

2010-09-03

スイッチをつければ、電気がつく。

9月です。夏休みもあと10日ほど。
前期に学んだ「疫学」について、すこしフィードバックします。


疫学とは
病気を予防するための手段、
と位置づけられている学問です。

ヒトという集団を観察して、
そこから原因と結果の関係を導くこと、

これが主に疫学が行っていることです。

簡単にいうと、
スイッチをつければ、電気がつく。

こういったことを、病気をもった集団から見出すのが疫学です。
例えば、アスベストとがん、たばこと肺がん、など。

多くのひとは、部屋の電気の配線図、スイッチの動くしくみ、
などを知らなくても、
スイッチと電気の関係は理解しています。

そして、スイッチと点灯の関係の細かーいしくみを理解するまで、
電気のつけ方、
つまり、スイッチをつければ電気がつくということがわからない、という人はいません。

ただ、これがある病気に関することとなると「わからない」という人がいるらしいです。

アスベスト問題、薬害エイズ、など、
これらが後手後手になったのは、こうした背景も一つの原因です。

大学にいると、授業のコマ数から見ても、
疫学ってマイナーだなぁってついつい思ってしまいます。

でも、このように社会と直接関係する疫学の「考え方」、
学んだからには伝えていきたいものです。